まだ見ぬ世界と、仲間を求めて僕は――――――。

 

 

 

第5話【旅立ち】

 

 

 

冒険者になると決めてからという3年、アーシェは戦闘スタイルの確立の為に、鍛練を重ねていた。

 

「ほら次!まだまだやるよ!」

 

『あ、アーシェ様…この所、毎日この調子ですが…少しお休みになられては……』

 

遠慮がちに止めに入るアーティルスの補佐官。

闘技の間のあちこちには、アーシェに負けたであろう一族の人間達(本家・分家問わず)が山の様に積み重なっている。

ざっと見るだけで30人はそこに重なっていた。もっといるのかもしれないが。

 

「ダメダメ!僕は冒険者になるんだから!少しでも鍛練するんだよ!」

 

『いやもう半日もぶっ続けなんですが!?』

 

「まだ足りなーい!もっと強い人を用意してよ!」

 

アーシェに急かされ、補佐官は慌てて闘技の間を出て、彼女の次の相手を探しに行く。

と言っても現状、彼女以上に強い魔法使い・魔術師が居ない。居るとすればその彼女の父親くらいだ。

だが彼に一族の長を呼べるはずもなく、呼べばこの地の一帯が軽く消し飛ぶんじゃないかと思うくらい、二人を戦わせるなんて事はあってはならない事なのだ。

 

『あれだけ人数と、長時間連続で戦っているのに…。な、何て魔力量と体力……!』

 

おまけに属性魔法・魔術は全て使い分けて戦う分析力もある。知識も大人顔負けの、相当な量を誇っている。

流石にリオレイン一族の本家の血筋であり、アーティルスの血を継いでいる事はある。

 

そんな彼女が冒険者になり、世に名が知られれば…。

 

『…まあ、あの仮面が抑えてくれるでしょうけど…。それよりもアーシェ様が冒険者になるのを止められれば…。

ですがアーシェ様は一度決めたら止まりませんし…、そういった所はアーティルス様そっくりになられて……ハァ…』

 

補佐官は溜息しか出なかった。

 

 

 

 

 

「大事な人や仲間を護る為には、もっと強くならないとね…!」

 

 

そんな鍛練の中、アーシェはアーティルスに冒険者について話した事を思い出していた。

 

 

「父様、冒険者としての心構えや覚悟って何かある?」

 

冒険者を目指すきっかけとなったのは父親の冒険譚だ。

本格的に自分が目指すとなれば、それに伴う覚悟や心構えは聞いておくべきだろうと、アーシェは思ったのだ。

 

鍛練以外にも、こうした事をしておけば、またディアスと会う時に情報を共有する事が出来るからだ。

 

『んーそうだな…。取り敢えず長くお世話になる宿の亭主や女将さんにはあえて“ツケ”ておけ。冒険者の証みたいなものだからな』

 

「ツケって…お金払わないの?」

 

『その宿に帰る理由になるだろ?無いと、また別の宿や地方の所に移ってもいいやってなるからな。帰る場所に理由があるってのは大事だぞ』

 

「そういうものなの?」

 

そういうものだ、とアーティルスはからからと笑いながらアーシェの頭をぽんぽんと叩く。

 

「…他には、何かある?」

 

『他に?…そうだな……』

 

少し考えた後、アーティルスは口を開いた。

 

『経験を重ねていくとな、同業者の死なんてのをよく聞くもんだ。

長期の依頼の最中に…または自分達の力量を見誤って強敵を相手にしてしまって……なんて事も、あるもんだ。命は大事にしてほしい。…だがな……』

 

アーティルスの顔からふっと、笑顔が消える。冒険者だった頃の事を、思い出しているのだろうか。

しばらくしてアーティルスは真剣な眼差しでアーシェの目を見つめ、言った。

 

 

『どんな絶望的な状況になろうと、諦めるな。仲間を、諦めるな』

 

「―――…ッ!」

 

アーティルスのその言葉は、何よりも重く感じられた。

 

『どんなに時間が掛かっても良い。どんな手を使っても良い。仲間の命は絶対に、諦めるな。仲間が欠けるなんて事は、絶対にあっちゃいけないんだ』

 

「……」

 

今迄アーティルスが話してくれた冒険譚の中に、そう言った事が何度もあったのだろうか。

アーティルスは詳しく話さない。だが今の話を聞くと、そう思わざるを得ない。アーシェは黙って、父親の話を聞いていた。

 

『だからな、自分の仲間は、大切にするんだ。仲間が傷付けられたら、もう体裁なんて気にするな。傷付けた相手を赦すな。それくらいの心構えでいろ』

 

くしゃりとアーシェの髪を少し崩しながら、彼女の頭を撫でるアーティルス。その表情は、複雑な色をした笑顔だった。

親として、子どもの夢を応援したいし、その気持ちは嘘ではない。だがやはりどこかで危険な場所へは行かせたくない、という思いもあるのだろう。

 

 

「…僕は、父様達より先に死ぬつもりはないよ。他の奴等に族長なんて任せてられないもん」

 

アーシェは決意を秘めた瞳で、アーティルスをじっと見据える。

 

『…!…ははは、お前らしいな。まったくその通りだよ』

 

再び、アーティルスは笑う。つられてアーシェも一緒に笑う。

 

『母さんに心配かけないように、偶には連絡するんだぞ』

 

「わかってるよー!」

 

 

心配されている、それは分かっている。それでもアーシェには譲れない想いがあった。

それを分かってくれているからこそ、絶対に夢を果たして帰って来る事を、彼女は固く誓った。

 

 

 

 

 

「…そろそろ、だね。ディアス」

 

既に常宿する場所も決めている。

リューンの中にある、“Pieces of Moon”という宿だ。宿がある場所も、登録書もそれに伴う荷物の整理も前々から準備完了な状態だ。

 

 

家を出る日も決めている。その日が迫りつつある。

ただ一族総出でお見送りなんて事をされて目立ちたくないので、彼女自身の希望により早朝にこっそりと、出て行くようだ(親にはこの事を伝えてある)。

流石にそのまま黙っては行かない。手紙は置いていく。

 

 

「…ディアスのお父様は、まだ許してないのかな」

 

アーシェは少し考える仕草をした後、相手を見つけられずに戻って来た補佐官に脱いだローブを投げ渡し、普段着に戻った。

そして自分の魔法杖を消し、補佐官が止める声を無視して、闘技の間を後にした。

 

 

 

 

 

いつもの広場へ来た。大樹の下には既にディアスが居た。フェニアを連れて。

 

「やっほーディアスー!今日も大好きだよー♪」

 

そう言いながらアーシェはディアスに勢いよく飛びつき抱き着いた。

互いが倒れ込まないように加減はしたものの、背後にある大樹が無ければ二人共、草の上に倒れ込んでいただろう。

 

『勢いよく抱き着くなって何度も言ってんだろ!…つーか、その…あ、当たってるから!早く退けよバカ!』

 

互いの身体が密着している状態なので、アーシェの“一部”がディアスに押し付けられている状態に。

勿論アーシェはそれを分かっていてやっている。寧ろ彼にそう言われて、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、その“女の武器”を押し付けていく。

 

「え?勿論わざとだけど?何なら触る?」

 

『なッ…!?さ、触るか!いいから退けっつーのもう!』

 

ちぇー、と言いながらアーシェは不満気ではあるものの、ディアスから離れた。

ディアスの顔は真っ赤だ。

 

 

そしてどこに隠れていたのか(入る隙が無かったのかもしれないが)フェニアがディアスの右肩からひょこっと顔を出す。

 

「フェニアちょっと大きくなった?」

 

ちょんちょんと指先でフェニアの額を突く。フェニアは少し驚いたものの、ディアスの後ろに隠れたり姿を消したりはしない。

 

『あの時から精霊としても成長してるんだよ。人とは寿命差もあるから本当にゆっくりだけどな。

あとまだ完成してないが、フェニアに憑精して戦うって事も考えてる』

 

「憑精って精霊と融合するみたいなものでしょ?大変じゃない?」

 

『実際、何度もやってんだが中々安定しないんだよな。すぐに解けちまったり、力を制御出来なかったり。

冒険者やってる間にちゃんと使えるようにはしてぇなとは思ってんだけどよ』

 

ディアスはじゃれ付いてくるフェニアを優しく撫でる。

 

「大丈夫、ディアスなら出来るよ」

 

アーシェはディアスの手を握り、真っ直ぐ彼を見つめる。

ディアスは一瞬驚いたものの、すぐにフッと笑みを零した。

 

『…ありがとうな』

 

互いに、笑い合った。

 

 

そして二人は、今後の方針について話し始めた。

しばらく話した後、アーシェは行く前に考えていた事を、ディアスに尋ねた。

 

「…もう明日だけどさ、本当にいいの?」

 

『……』

 

ディアスもアーシェの言葉の内容を察したのか、黙ってしまった。

 

どうやら少し前から、ディアスの父親・ラディクが、ディアスが冒険者になる事を反対しているようなのだ。

ラディク自身も、アーシェの父親・アーティルスとは冒険者仲間だ。

もしも彼が、アーティルスと同じ事を思っているのなら、自分の子どもを行かせたくない気持ちもアーシェには分かる。

 

『…分かってるさ。俺も、父さんから冒険者やってた頃の話は散々聞かされてる。楽しかった事も苦しかった事も、辛かった事も全部な。

…でも俺は、だからこそなってみたいんだ。それがお前と一緒なら、尚更だ。父さんの反対を押し切ってでも、俺は行く』

 

「ディアス……」

 

ディアスの決意の前に、アーシェはそれ以上、何も言えなかった。

 

「…じゃあ、明日の早朝、君の家に迎えに行くから…待っててね」

 

『…ああ』

 

そう交わした後、二人はそれぞれ帰路に着いた。

 

 

 

 

 

「…ディアスとディアスのお父様…大丈夫かな…」

 

夕食も済ませ、明日の準備と荷物の確認の作業中、アーシェは自室でぽつりと呟いた。

そんな時、自室の外から、扉を叩く音がした。

 

『少しいいか…?』

 

「父様?」

 

扉の向こうから、父・アーティルスの声がした。

アーシェは確認の手を一旦止め、自室の扉を開け、父を部屋へと入るように促すがアーティルスはそれをやんわりと断った。

 

「どうしたの父様?土壇場で僕に出て行ってほしくなくなったの?」

 

『ハハハ、そんなんじゃない。というかお前、分かってて言ってるだろ、それ』

 

アーティルスの表情は、いつもの通り笑顔だ。

 

「まあ薄々はね。…ディアスのお父様の事?」

 

『そうだ。まあそんな時間は取らない。明日は早いんだろ?』

 

「うん、もう少しで確認作業終わる所だった」

 

アーティルスはアーシェの自室に置いてある荷物を見やる。

自分の時と同じだ、とでも思っているかのように、懐かしそうな目で見ていた。

 

「それで、ディアスのお父様…何で…って言うのも変だけど、ディアスが冒険者になるのを反対してるの?」

 

『アイツはなあ、私と同じ気持ちだとは思うんだが如何せん意地っ張り、というか何と言うか…。

本当はディアス君がなるのも認めてはいるんだろう。だが3年前に奥さんも亡くなっている…これ以上、家族が自分の元を離れるのが嫌なのかもしれない』

 

「…そっか…そうだよね…。家族が居なくなるのって、嫌だよね…」

 

沈んだ声を零すアーシェに、アーティルスは彼女の肩にぽんっと手を置く。

 

『でも、お前が心配する事じゃない。アイツを…ラディクとディアス君を信じろ。

仲間信じなくて冒険者なんてやってられないぞ?安心して明日迎えに行きなさい』

 

「…うん、そうだね! あと、ディアスは仲間でもあるけど、その前に僕の恋人だから!」

 

『ハハハ!そうだその意気だ!頑張って来いよ、アーシェ』

 

「うん!」

 

アーティルスの言葉に励まされ、アーシェはいつもの元気な笑顔で返事をした。

 

 

 

アーシェは父親と話した後、急いで確認作業を終わらせ、眠りに就いた。

 

明日から待っている、期待と不安を胸に秘めて――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これでよし、と」

 

早朝、書いた手紙を居間のテーブルへと置いて、アーシェは荷物を抱え、家を出た。

門を出た後に今一度、アーシェは家の方を振り返る。大きな赤い屋根。家族と遊んだ広い庭、扉に付いた家紋を、見回す。

 

「…いってきます、母様、父様」

 

アーシェはそれ以降、家の方を振り返る事無く、ディアスの家へと向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ディアス、いるかな?」

 

ディアスの家の近くまで来たアーシェはそう呟いた。

喧嘩別れなんて事はしてほしくない…。が、それもまたディアスなりの決断なのかもしれない。

だがラディク…ディアスの父親の気持ちも分かる。

 

 

「…!ディアス!」

 

視線の先に、ディアスの姿が見えた。アーシェの声にディアスは彼女の方を向く。

長く黒い髪を上に結っており、フェニアの羽根で作られたであろう装飾を付けている。

彼の父親のように、騎士のような出で立ちと服装だ。金色の瞳が朝焼けの光で輝いて見える。

 

いつもよりも大人びて見えたその彼の姿に、アーシェは一瞬、見惚れて動けなかった。

 

 

『…!アーシェ!』

 

ディアスの声にハッとなり、アーシェは彼の元へ駆け寄る。

 

「待ったかい?」

 

『いや、さっき出て来たばっかりだ』

 

ひょこりと、ディアスの左肩から顔を出すフェニア。

いつもの彼に、内心ほっとしたアーシェだったが、やはり気がかりなのは彼と彼の父親との関係だ。

 

「…お父様とは、本当にいいの?」

 

『…いいんだよ。確かに母さんが死んで、家族を失う辛さを知った。父さんも、これ以上家族が居なくなるのが辛いんだ。

だけどな、俺はまだ生きてる。そして生きてまた此処に帰って来る。居なくなりはしない。お前と一緒に夢を叶えて、必ずな』

 

「ディアス…。うん、分かった。僕もこれ以上何も言わない。行こう、ディアス」

 

アーシェは左手を差し出した。ディアスは、迷いなくその手を握ろうと手を伸ばす。

 

『ああ』

 

その時だった。

 

 

『…ディアス!』

 

ガチャンと、家の門を開けて出て来たのはラディク、ディアスの父親だった。

 

『父さん…!』

 

ディアスは、アーシェの手を握るのを一旦止め、父親の方へ振り返る。

 

『…今更止めようとしたって遅いぜ。俺にだって、叶えたい夢が…』

 

『…そうじゃない。ほら、忘れ物だ』

 

ラディクの手からディアスに渡されたのは、ディアスの母親・アスロットの付けていたあの“精霊の光”だった。

 

『…!これは…』

 

『母さんの想いの力が詰まった物だろ?それに、お前はもうそれを付けるのに十分な強さと決意がある。だから…持っていけ』

 

『……父さん』

 

ディアスは大事そうに “精霊の光”を握り締める。

肩に乗っているフェニアが、“精霊の光”に寄っていく。精霊の温かい力を感じるのだろう。

 

『…偶には帰ってくるんだぞ』

 

『…当たり前だろ…』

 

ディアスは“精霊の光”を首に掛けた。以前よりもキラキラと、眩しい光。

朝陽がその“精霊の光”の輝きを増幅させているのかもしれない。

 

『行ってきます、父さん』

 

『ああ、いってらっしゃい』

 

二人の会話に、アーシェはフフっと微笑んだ。

喧嘩別れしなくて本当に良かったと、彼女は心から安心した。

 

「…そろそろ行こうか、ディアス」

 

『…ああ、そうだな』

 

アーシェとディアスは手を繋ぎ、リューンへと歩き出した。夢への、第一歩だ。

 

 

 

『アーシェ君をちゃんと大事にするんだぞー!アーシェ君、ディアスをよろしく頼むー!』

 

しばらく歩いた後に、二人の背後から声がした。ラディクの声だ。

少し振り返ってみると、笑顔でこちらに大きく手を振っているのが見えた。

 

『なッ…!と、父さん…!?』

 

「あはは、任されちゃった♪」

 

ディアスは照れ、アーシェは笑う。

 

 

「さ、まずはリューンに辿りつかないと。僕等の住んでる所からだと、3日くらいだね。宿に着く前にバテないでよ?」

 

『…はは!そりゃこっちの台詞だ、バーカ』

 

 

 

二人は、笑いながら互いの手を握り返す。

 

陽は昇り、二人の行く道を照らす。

 

 

 

まだ見ぬ世界と、まだ見ぬ仲間と冒険を求めて、二人は夢への道を歩み出した――――――。

 

 

 

 

 

 

 

【アーシェ編・完】

 

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