リオレイン一族。
魔を扱う者達ならば、知らぬ者はいない一族の名だ。
全ての魔術・魔法を扱う一族であり、魔法の根源を生み出した一族。
それが “Lioraing(リオレイン)”一族だ。
この一族に生まれた者達は生まれながらにして魔力の量が常人よりも多い。
故に親族同士、競い合う事もある。知識だけでない、あらゆる魔術や魔法を使いこなす実力も必要なのだ。
本家・分家と今は分かれているが、一族の当主となるのはやはり本家の中で一番優れている者だ。
才能に驕る事なく、力のある者だけがその一族の長になれるのだ。
一族で一番の実力を持った者に、その証である“仮面”が受け継がれる。
「はい、また僕の勝ちだね。」
その中でも今、一番の実力を持っているのが、本家の血筋を持つこの銀髪の少女・“アーシェ・フィルスト・リオレイン”だ。
彼女は生まれながらの魔力の量が、この血統者の中では特に秀でているのだ。
幼いながら、その力と才を発揮し、周囲を圧倒してきたのだ。
その証拠に、彼女の頭部には、一族に受け継がれた仮面が、髪飾りと共に付けられている。
この仮面の所有者が、現段階での一族で一番の力を持っている者の証なのだ。
本家と分家の間に設けられている“闘技の間”にて、今しがた行われていた実戦は、アーシェの圧倒的な勝利で終わった。
『ま、まておい!まだ勝負は…』
アーシェの相手をしていたのは、分家の人間の一人。年は彼女よりも4歳ほど上の男だ(アーシェは現在9歳だ)。
だが年齢など関係ない。負ければ努力あるのみ、諦めれば終わりの世界。この負け惜しみもただの遠吠えにしかならない。
「終わってるよ。君が弱いから負けた。その事実を認めなよ、見苦しいなあ」
『なッ…!』
張り付いたような冷たい笑顔で、倒れた相手を見下ろすアーシェ。
「じゃあね。もう帰るから」
そう言ってアーシェは相手の方を、もう振り向きもせずに闘技の間を立ち去って行った。
「ただいまー!」
家に着き、勢いよく家の扉を開けるアーシェ。
先程の冷たい声と笑顔から打って変わり、年相応の笑顔と、元気で明るい声だ。
その彼女の声にパタパタと歩いて来たのは、彼女の母親だ。名前はシェリア。
長く柔らかな金髪を揺らしながら、娘のアーシェを出迎えた。
『アーシェ、おかえりなさい〜。どうだった〜?』
おっとりとした話し方で、娘のアーシェを迎えるシェリア。
「当然勝って来たよ。あれくらいじゃ話にならないや」
『あら〜偉いわねーアーシェは〜』
と、シェリアに得意げに話すアーシェ。口ではそう言うものの、やはり親には褒めてもらいたいのだろう。
シェリアも、母親としてその彼女の気持ちを分かっているのか、アーシェの頭を微笑みながら撫でた。
『あ、アーシェ。帰って来てすぐだけど〜、そろそろあの子との約束の時間じゃないかしら〜?』
シェリアにそう言われ、アーシェはハッとした表情になった。
「そうだった!行ってくるね母様!」
『分かったわ〜。気を付けて行ってらっしゃいね〜』
慌てた様子で再び家を出て行くアーシェを、シェリアは笑顔でゆっくり手を振って見送った。
『アーシェは本当に、あの子が大好きなのね〜ウフフ♪』
シェリアはそう呟いた後、家の扉を閉め、部屋の奥へと戻って行った。
「〜♪」
上機嫌に道を駆けて行くアーシェ。今から会いに行く相手は、彼女の幼馴染だ。
会う場所は決まっていて、街の隅にある、使われていない広場だ。大樹が目印の、二人で交流する場所である。
何でも、アーシェの父親とその相手の父親が、以前に【冒険者】をやっていて、同じパーティの仲間だったとの事。
長い間一緒に居た為、冒険者を辞めた後でも二人の付き合いが続き、それは子が生まれた今でも続いているのだ。
その“子”と言うのがアーシェと、その相手の子どもだ。その子どもの名前は…
「ディアス!」
緑の葉が生い茂る大樹の下に、寄りかかって座っている人物が一人。
「! アーシェ」
アーシェが心の底から嬉しそうな声で呼ぶその相手の名は、ディアス。
彼女の、同い年の幼馴染の男の子だ。生まれた時からずっと、今もこうして二人で会って交流している。
ディアスは騎士の家の生まれで、彼の父親もまた騎士である。母親は、聖職者であり精霊術師である。
黒く長い髪に金色の瞳が、整った顔立ちに映える。容姿が容姿な為、よく女の子に間違えられる事もあるらしい。
「今日も大好きだよー!」
そんな彼の事が大好きなアーシェ。物心ついた時から、彼女はディアスの事が大好きなのである。
所謂、一目惚れのようなものだ。
ディアスが視界に入った途端、アーシェは勢いよく走り出し、彼に飛びかかるように思い切り抱きついた。
彼女の、こうした積極的な愛情表現は、彼と会う度にいつもしている事なのだ。
彼女自身、ディアスに対する想いが抑えきれないのだろう。
『っておい!いきなり抱きつくなっつってんだろ、アーシェ!』
「やーだー♪」
アーシェの笑顔での抱きつきの前では、ディアスの抵抗も虚しく終わる。
彼自身も、彼女の好意が嫌なわけではないし、勿論彼女の事が嫌いなわけでもない。
何か言いたげな表情はするのだが、彼女の全開の好意を前に、何とも複雑な心境でいるのである。
「待ってた?」
ひょこっと顔を上げて、アーシェはディアスに話しかける。勿論、まだ抱きついたままである。
ディアスは照れて赤くなった顔をアーシェから反らしながら、彼女の問いに答える。
『い、いや…フェニアが居るし、別に退屈は…。つーかそもそもそんな待って無かったし…』
フェニア、と言うのはディアスに仕える精霊だ。火の鳥の精霊であり、炎と創造を司る上位精霊だ。
今は姿を消しているが、いつも彼の傍に居る。彼自身、精霊を仕えていると言うよりは友のように思っている。
「そう?いやー、思ったより実践の方が時間かかっちゃったからさー。待たせちゃったかなと思って」
『…別に、お前がどれほど遅れようが、俺は此処で待ってるけどな…』
聞こえないように、ぼそりとディアスは呟いた。勿論、それを聞き逃すアーシェではない。
「! 僕もだよディアス!君が来てくれるなら、僕だってずっと待てるよ!」
満面の笑みで答えるアーシェに、ディアスは一瞬、面食らったような表情になった。
そしてその後、引いてきていた頬の赤みが、再び彼の顔に熱を帯びさせた。
『…! あーもう!今のは聞き流す所だろーがバカ!』
「じゃあバカでいいもーん。ディアスを大好きでいられるならー♪」
『〜〜!!?』
アーシェのあまりの直球な言葉に、ディアスは開いた口のまま言葉を失ってしまう。
何か言い返そうとしたのだが、色々な感情が湧き起こってそれを言葉に出来なかった為、その表情のまま固まってしまったのだ。
「あはは、ディアスかわいいー♪」
『う、うっせぇ!可愛いとか言うな!てかいい加減離れろ!』
「もうしばらくこのままでー」
アーシェのディアスへの抱きつきは、彼女が満足するまで続いた。
「えへへー、満足―♪」
『それでも俺の腕は離さないんだな…』
満足したとは言ったが、アーシェは未だにディアスの右腕にぎゅーっとしがみ付いている。
少しでも大好きな彼に触れていたいからだろう。ディアスも無理に彼女を振りほどこうとはしない。
『本当お前、俺の前だと色々と違うよな』
「ずーっと堅苦しい雰囲気でいるのって息が詰まっちゃうもん。僕はこれが素なんだよー」
そう言ってアーシェはじーっとディアスの顔を覗き込む。
「どうしたのディアス?何かさっきからぼーっとしてない?」
『え…な、何だよ急に…?』
「いやー、来た時も思ったんだけど、何か君がここにいないような感じで遠くを見てるから気になって」
『……!』
アーシェのその言葉に、ディアスは少し目を見開く。そして少し考えた後に、ゆっくりと口を開いた。
『…近い内にな、妹が生まれるんだ』
「え!そうなの?おめでとう!」
アーシェの祝いの言葉を聞くも、ディアスはどこか上の空だ。
「ねえどうしたの?嬉しくないの?」
『…いや、そうじゃなくてだな…』
「はっきりしないなー。何が嬉しくないの……。ああー…」
アーシェはディアスの今の心境を察した。成程、そういう事か、と一人納得した表情だ。
『な、何だよ、何か分かったっつーのかよ』
「下の子が出来ると母親独り占めできないもんねー。わかるよーその気持ち」
『ッ…!? ち、ちが…!そういうのじゃ……!』
咄嗟に否定するディアスだが、言葉と態度に明らかな動揺の色が窺える。どうやら図星のようだ。
「僕も下にいるから分かるよ。一人だった時みたいに、素直に甘えづらくなっちゃうんだよね。下の子に付きっきりになっちゃうし」
『だ、だから…それは……!』
アーシェの言葉を否定しようとディアスはその言葉を探すが、見つからない。
ディアスが言葉を必死で探していると、アーシェは彼の頭を優しく撫で始める。
『なッ…!?』
突然の彼女のその行動に、ディアスの思考が一瞬、ストップしてしまう。
「母親に甘えられる回数が減ったのならさ、その時は僕に甘えてもいいんだよー」
『ちょっ…!やめ、撫でんなって…!……バカ』
段々と弱くなるディアスの語尾。それに対して嬉しそうに微笑むアーシェ。
そしてディアスは、アーシェが撫でやすいように少し彼女の肩に寄りかかるように首を傾げる。
「(口ではそう言うけど、本当は甘えたいんだろうなー)」
『…そういう目で見んなよ。恥ずかしいし、こんな男、嫌だろ…?』
母親に甘えたい。そういうのは男らしくないと思い、ディアスは言えなかったようだ。
お互い、まだまだ親に甘えたい年頃だ。アーシェは微笑みながら静かに首を横に振る。
「ぜーんぜん。僕等まだ子どもだもん。恥ずかしくないよ!
どんな立場だろうと、男だろうと女だろうと、子どもは子ども。甘えたいって思うのは普通だよ。だから君も気にしないで」
『アーシェ…。……ありがと…』
ディアスは先程までとは違う、柔らかな笑みを浮かべている。
「えへへー。どういたしまして♪」
大樹の根本で寄り添う二人。
その二人の穏やかな時間を、大樹は風で葉を揺らしながら、静かに見守っていた。
「もう大丈夫?」
『だ、大丈夫だからもう離せよ、手』
帰る時間になり、広場を出たアーシェとディアス。
彼等の右手と左手は、握られている。
「このまま君を送ってってもいいんだけど、家の方角正反対だからねー」
『だ、だから!もう大丈夫だって言ってんだろ!』
「はいはーい。甘えたくなったらいつでも言ってね」
『う、うるさい!』
そう言ってパッとディアスの手を離すアーシェ。
アーシェの顔は幸せそうで、満足気である。ディアスの方も、表情は笑顔でないものの、嬉しそうだ。
「じゃあまたね、ディアス」
『…おう。またな、アーシェ』
アーシェは笑顔で元気に大きく手を振り、ディアスはぎこちなく笑いながら小さく手を振り、それぞれの帰路へ着いた。
「…ディアスもそういう気持ちになる事ってあるんだなー。可愛い♪」
アーシェは先程の、自分に少し甘えてくれた時のディアスの表情を思い出しながら、上機嫌で帰り道を歩いていった。
その途中、父親と出会った。今日の、一族の長としての仕事を終えた帰りのようだ。
「あ、父様!」
『お、アーシェか。ディアス君とは会って来たのか?』
「うん!今日は僕にちょっとだけどね、甘えてくれたから一歩前進だよ!」
彼女の父親の名前はアーティルス。リオレイン一族の、現在の長である。
一族の長、という重大な責務を負っているが、それを全く感じさせない雰囲気を持つ人だ。
アーシェと同じく、銀色の髪と赤い瞳を持っている。彼女の髪色は父親から受け継がれたようだ。
勿論、似ているのは見た目だけでなく…
『ははは!それは良かった!もう一押しだな、好きな相手には押して押して押しまくるんだぞ!』
「はい、父様!」
こうした方面での押しの強さも、父親から受け継いだようだ。
ともあれ、親子仲が良好なのは良い事だろう。
「ディアスの家でさ、もうすぐ妹さんが生まれるんだってね。父様知ってた?」
『ああ、アイツからちゃんと聞いてるぞ。顔には出てなかったが、相当嬉しそうに話してきたぞ。素直じゃない奴だからな』
「あはは。ディアスみたいだ」
『見事に遺伝したんだろうな。ハハハ!』
笑い合うアーシェ親子。そこには厳格な一族の者達だと感じさせるものはない。普通の、親子の光景だ。
「妹さんが生まれたら、僕も一緒にディアスの家に行っていい、父様?」
『いいぞ!そしてあわよくばディアス君ともっと仲良くなってこい!』
「はい父様!えへへ、楽しみだなー♪」
そんな会話をしながら、アーシェ達親子は、家の扉前へと辿り着いた。
「『 たっだいまー! 』」
二人で声を揃えて、家で待っている家族に帰りを告げた。
これは、とある冒険者の、始まりの物語――――――………