自身は無力なのか?

 

それとも自分は、俺自身が

 

 

 

“死を招く存在”なのか―――――――――――?

 

 

 

 

幼き希望

 

 

 

 

 

町に雪が降る。チラリチラリと静かに、ゆっくりと降る。

道を行き交う人々の吐く息は白く大きく宙に溶け込み消えていく。 

 

 

「…まだこの辺りは寒ぃな…」

 

そんな何気ない光景を見ながら呟くキング。

最後の仲間を探している道中で、キング達はとある小さな街へと足を踏み入れていた。

 

雪の白に溶け込むような屋根が並ぶ小さな町。住居の大きさは統一されている。

整備された道には所狭しと店が並ぶ。 寒い中でも商売をする人、それらを買っていく人達…そんな光景をキングは横目に見ていた。

 

 

最も寒い時期は過ぎ去った季節だったが、それでも彼等が丁度この町に来た時には雪がちらつく程度の寒さであった。

メダロット故、人間のようにがかじかむ等の事にはならないし、内部温度はある程度調整できる。

 

だが、周りと違うのも不自然なので仕草だけは真似する等して溶け込むようにしていた。

 

 

「エースの奴、どこまで付き合わせてんだよ…」

 

何やらこの町に惹かれる物があったらしく、エースはキングが止めるのも聞かずに町中へと走り去っていった。

町からは出ていないという確信はある為、足の速いジャッカルに追うのを任せていた。

 

キング自身もある程度探したが、奔放なあの彼女の所在は中々掴めず、人気の無い路地の中で小休憩をしていた。

 

「(アイツ、地形との相性を無視して走り回れるからな…ジャッカルの足でも追いつけるかどうか……)」

 

地形にもよるが、エースは重力制御の力で飛行型よりも素早く前へ出ることが出来る。

雪が降るこの地では、飛行型のジャッカルでは多少速度が落ちる(それでもキングのような通常の二脚型よりは素早い)。

 

 

 

「アイツの自由奔放さ、少しはどうにかならねぇかな…。 本当に何処に…―――――――――」

 

 

と、白くなった溜息を吐き、休憩を終えて路地から出ようとしたその時。

 

 

「…?」

 

キングの背後から、こちらに走って来る音が聞こえて来た。

それに気づき、振り返ろうとした時、彼に突進してくるように子供がぶつかって来た。

 

「うおっと!?」

 

『うわッ…!?』

 

ぶつかってきた相手は、勢いで倒れ込んでしまった。

 

 

「ごめんな、大丈夫か?」

 

 

『いてて……。うん、大丈夫…』

 

見た所、まだ幼い少年のようで髪は栗色。 

キングが屈んで手を差し出すと、少年は少し震える手で、空を切る様に迷った後、たどたどしく手を取った。

 

「……?」

 

その少年の動作に少し違和感があったが、少年の顔を見てキングは納得した。

 

「(右眼が、無い…?)」

 

こちらを見上げた少年の顔には右目を中心に包帯が巻かれており、その中央部分は不自然に凹んでいる。

無い物を隠すようにして、その包帯は巻かれていた。 その包帯も少し解けそうになっている。

 

『すいません、僕帰り急いでて…前見てませんでした…』

 

「ん? ああ、気にすんなって。 でも急いでてもちゃんと前には気を付けて歩けよ」

 

『は、はい…! ありがとうございました! じゃあ失礼します!』

 

そう言って少年は屈託の無い笑顔を向けて足早に去って行った。

キングは少年の右眼がない事をどこか心配しながらも、それを見せずにこちらも笑顔で見送った。

 

「さて、エース達探さないとな……って、うん?」

 

歩き出そうとした時、足元に何かがコツンと当たる。

視線を其処へと下げると、白色の小さい紙袋がポツンと地面にあった。もう少し雪が積もれば埋もれて見つけられなかったかもしれない。

 

「何だこれ…? さっきの子供のか?」

 

拾い上げて付いた雪を軽く払う。中身は包まれていて見られないが、思ったよりは重い。

 

「落としてったのに気づかなかったのか…? 急いでたみてぇだし、片目に包帯もしてたから気づけなかったとかか?」

 

少年が去って行った方向を見るも、既に先程の少年の姿は無い。 

先程よりも雪の降る量は増しており、雪で疎らだった地面も白く覆われていた。

 

「…どうすっかな…。 エース探さないといけねぇし……まあ、かといってアイツの行く所に宛てがある訳じゃねぇし……」

 

拾い物を片手に抱え、軽く頭を抱えて考える。どちらを選ぶにしても宛ては無い。

 

「…仕方ねぇ……」

 

キングは溜息を一つ大きく吐いて、路地を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…流石に長い時間、外に居ると寒く感じるな……つーか、さっきの所とは全然違うな…」

 

結局、少年の落とし物を届けようと、薄く浅い足跡を追ってきたキング。

 

先程まで居た街並みから少し外れ、目の前には道の端に並べられるように植えられた雪の積もる針樹林。

それらの間から覗くのは、町とは違い統一性の無い家並み。 一言で言えば、金にモノを言わせたような豪華で大きな家が立ち並んでいた。

 

「(…人様の財政事情に深くは言わねぇけど…ここまであからさまなのはどうなんだろうな……)」

 

積もった雪の重みで木からドサリと道へと落ちる。雪の勢いは留まる事を知らない。激しく降る訳でもないが、量が多い。 

町の様子からして、普段から降る地域ではないらしく、町には大量の雪に慣れていないのか対応に追われ、慌てていた人達もいた。

 

「…っと、んな事考えてねぇで探さないとな…。 …つっても此処からどうすっかな…足跡すっかり消えちまってるし」

 

降る量の多さからか、辛うじて見えていた足跡もすっかり雪で埋まり、消えていた。

此処へと歩く住民が少ないのか、それが幸いして追跡出来ていたものが此処に来て出来なくなってしまった。

 

道の端々にある小さな路地裏も念の為に覗いてみるが、その先に家らしきものも見えては来なかった。

 

「…今から戻るのもアレだしな…こうなったらこの辺りの家に片っ端から声かけて……ん?」

 

当てが無くなってしばらく歩いていると、一際目を引く、大きな青い色の家が建っていた。

だが、家と言うには大き過ぎる。 何かの施設かと思うくらいだ。 この町を取り締まり、守る、役所のようにも見える。

 

「…おー、これまた街の景観に合わねぇ程に立派だな此処…」

 

その建物の周りは背高い柵で覆われており、玄関となるべく所には子供や非力な人間が容易に開けられないように大きく頑丈な黒い門。

まるで何かを閉じ込めるような“それ”にしか、どうしても見えなかった。

 

「…流石に此処に、あの子供はいねぇか…仕方ねぇ、また明日にでも……」

 

手に抱えた小さな落とし物を見つめ、諦めるように溜息を一つ吐いて踵を返すキング。

仲間の事もあるしこの雪だ。これ以上は外に居れば流石に寒さに耐えると言っても堪えるものがあるだろう。

 

そんな事を考えて、この巨大な要塞の様な建物から背を向けて歩き出そうとした時、後ろから大きな音が響いてきた。

 

 

「……!?」

 

思わず足を止めて振り返る。 先程は閉じていた門がゆっくりと開いていくのが見えた。 

そして、開いたその先から駆け出してきたのは、キングの求めていた落とし物の主だった。

 

「…えッ…!?」

 

予想してなかった人物を前にキングは一瞬、言葉を失った。

 

『…? …あ、さっきぶつかっちゃったお兄さん! どうしたの、こんな所で?』

 

無邪気にキングへと駆け寄り、首を傾げる少年。

少年の声にハッとしたのか、急いで冷静になり、少年の目線に合わせて身体を屈める。

 

「…何でお前が此処に……っと、そうだ、これ」

 

キングはそっと少年の前に彼の落とし物を差し出した。

少年は大きな青い左目で、キングが差し出した物をじっと見つめる。

 

『…? ……あ!これ、今探しに行こうとしてたやつだ! 届けに来てくれたの!? ありがとう!』

 

自分の落とし物だと知った途端、少年の表情がみるみると明るくなっていく。

嬉しそうにそれをキングの手からそれを受け取り、大事そうに両腕で抱える。

 

「さっきぶつかった時に落としちまったんだろうな、ぶつかった詫びにと思ってな」

 

『ううん…! 僕がよく前見てなかったのが悪かったし…』

 

「そんなに気にすんなって、もう無くすんじゃねぇぞ」

 

『うん!』

 

少年の笑顔にキングもつられるようにして微笑んだ。

 

 

ザクリ、と雪の地面を踏みつける音がした。 少年の後ろからだ。 

 

 

『あまりはしゃいで飛び出しては……おや、“ミスミ”、其の方は一体誰だい?』

 

『あ、市長のおじさん!』

 

”ミスミ“と呼ばれた少年に声を掛けたのは、この小さな街の市長のようだ。

ミスミはその市長に傍に駆け寄り、頭を優しく撫でられている。その表情は互いに嬉しそうな色をしていた。

 

『えっとね、僕がさっき荷物落としちゃって…探しに行こうとした物をこのお兄さんが持ってきてくれたの!』

 

『おやおや、そうでしたか…。 わざわざこんな雪の中をこの子の為に…ありがとうございます』

 

市長は丁寧に頭を深く下げて、キングに礼を言った。

 

「いや、いいんですよ。大した事ではないですし…」

 

キングはゆっくり立ち上がりながら、そう答えた。

 

『いえいえ…貴方様は見た所、外から来た方でしょう? それも騎士様のようで…そんな方にお手を掛けさせてしまって…』

 

「…! …あー…、いえ。本当にいいんですよ」

 

キング自身も自覚はしていたが、やはり自分の恰好は“騎士”のように見えるらしい。

彼自身はメダロットの為、本当の騎士ではない。が、ここでそれを説明したところで理解出来る事ではないので、相手に話を合わせる事にした。

 

『“きし”って何? 市長のおじさん』

 

『ああ、それは後でお話してあげるから早く戻りなさい。 その格好じゃあ寒いし、用事も済んだろう?』

 

はい!と返事をして、ミスミは建物の中へと駆け出して戻って行った。

少年が玄関の扉を閉めた音を聴いた後、市長はキングの方へ静かに向き直り話し始めた。

 

 

『もうこの街はご覧になりましたか? その…“差”が、ありますでしょう?』

 

どうやらこの街の格差の事を言っているようだ。 確かに、此処までの道のりを歩いて来れば、誰もが思う事なのだろう。

 

「あ…いや、その……」

 

キングは実際にそう感じてはいた。が、はっきりと街の長の前では言えなかった。

迂闊な言葉が、文句や不満と思われかねないので、思わず言い淀んでしまった。

 

『いいんですよ、お気になさらず。 …私も頑張っているんです、この差を埋めようと…平等に、対等にと…。

ですが、その差は埋まらずに広がる一方で…。 この市庁舎を兼ねた孤児院も少々、街の規模としては大き過ぎるでしょうね…』

 

「孤児院…?」

 

『ええ、此処は親の居ない子供達を住まわせる為の施設でもあるんです。 

あの子供…ミスミも親が早くに亡くしたようで、保護した時には彼一人で…。 だから私が孤児達の親代わりみたいなものなんです』

 

「…そうだったんですか……」

 

気まずそうに笑って、そう言葉を零す市長に、キングはそれ以上何も言えなかった。

 

『…すいませんね、外からのお客様にこんな話をしてしまって…。 

あの子の事もありましたし、お礼としてはアレですけれども…宿泊の為に少しばかり……』

 

市長は自身の上着のポケットから何かを取り出そうとしている。 

彼の言葉から察するに出そうとしている物が何となく理解できたキングは慌ててそれを止める。

 

「あ、いやいいですよ、そんな事なさらなくても…。 宿泊等の費用は自分達で出せますから、大丈夫です」

 

『…おや、そうですか。 ですがこちらの気が済まないですし……。 

…そうですね、今はこの雪です。此の街に何日かお泊りになるでしょうし、その間はミスミに会いに来てくれませんかね?』

 

「さっきの子に…? ですが…」

 

自分達は最後の仲間を探している道中だ。 雪の中とは言え、早く先に進まなければならない。

先程の少年に会う事自体は嫌ではないものの、キングはどうやって切り出せばいいが少し言葉に迷っていた。

 

『先程、連絡が入ってきましてね。 

この街の北と南にある出入り口である門の周辺が、予想外の積雪量で埋もれて、数日は難しいと…』

 

「…えーっと……」

 

確かに、こうして今も降り続けている雪、加えてその雪に慣れていないであろう地域と街の住民達の様子…。

此処に自分達が来た時点で、街の守衛達も慣れない様子で除雪していた姿が思い出されたので、少し考えた後、答えた。

 

「…分かりました、良いですよ」

 

『おお…そうですか。 ありがとうございます。あの子も喜ぶでしょうな。 

こちらは夜までなら開いておりますので、いつでもいらして下さい。 あの子共々、お待ちしております』

 

市長は深々と頭を下げて感謝の意を示した。

 

『ではもうそろそろ戻らせていただきます。 除雪の事もありますが、他にも仕事がありますから…。

そちらもお連れの方がいらっしゃるでしょうし、何よりこの雪です。早くお戻りになられた方が良いですよ』

 

「ええ、ありがとうございます。 それでは、失礼します」

 

キングも軽く頭を下げてそう返した。 

市長が庁舎へと戻って行く後姿をしばらく見守った後、キングも元来た道へと引き返す為に踵を返し歩き出した。

 

 

「…さーて、何て言おうかな二人には……」

 

歩きながら、エースとジャッカルに何と話すか、考える。

素直に断ればよかったのだが、あの市長の行動を止めるにはああ言うしかなかった…と言うのは少しあるが、本音は別にあった。

 

あの出会った少年・ミスミが少し気になった。 

片目を包帯で隠した両親の行方が知れない孤児…。そんな経歴だと言うのに、あの眩しい位に純粋な笑顔が、より印象付けられた。

 

 

「…と、その前にエース探すか…。ジャッカル一人に探させるのは流石にな…取り敢えずアイツと合流して……」

 

 

仲間の心配が浮かんだ為か、キングは少し足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回へ続く…。

 

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