“約束”が、怖かった――――――――。

 

 

 

 

 

幼き希望―期待―

 

 

 

 

 

 

”家“に着き、ミスミに腕を引っ張られながら彼の部屋へと案内されるキング。

 

その“家”は、入り口こそ大きく威圧感のあるものだったが、中に入ればそこは一般の人間達が住まうような構造だった。

“家”に入ると、壁は白く床は暖かみのある木の床、入った扉のすぐ側の廊下には小さな棚、その上には花が数本、花瓶に挿されていた。

そして白い壁の続く長い廊下には幾つかの同じような扉がある。恐らく子ども達の部屋の扉だろう。

 

『普段はねー、この時間は皆と外で遊ぶんだけどね、雪降っちゃってるから昨日も今日も自由時間なんだ。

みんな自分のお部屋や広間でお勉強したり遊んだりするんだ。 あ、僕のお部屋はもうちょっと先にあるよ!』

 

役所としている建物の中にこのような、街の家や宿にも遜色ない、これが“家”と言われる由縁なのだろう。

孤児とは言え町のように一般の子ども達と同じような家庭的な環境にする為なのかもしれない。

 

『お部屋のドア開けるからちょっと待ってね! んしょ…っと! よし、いいよ! はいって!』

 

「…ん? ああ」

 

自分の部屋のドアを開ける為にキングの手を離していたミスミは再び彼の手を、今度は両手で掴みグイグイと懸命に引っ張る。

少し考え込んでいた所為か、抵抗なくあっさりとキングはミスミに引っ張られて、彼の部屋へと一緒に入った。

 

落ち着いて内部を見たかったキングだが、ミスミの純粋な笑顔の前では何も言えないでいた。

 

 

部屋の内装は子ども一人が過ごす分には申し分ない広さだ。

廊下の壁の色と同じ白を基調とされた部屋で、勉強や読書をする為の机と椅子、小さな本棚に寝台…。

そして寝台の近くには少し大きめの窓…全てがきっちりと揃えられている。 恐らく他の子ども達の部屋も同様の内装なのだろう。

 

ミスミは机に置いてあった読みかけの本を持ってキングの傍へ駆け寄る。

その際に彼の机の上にあった白い紙袋があった。恐らく昨日、彼が買った物なのだろう。

 

『ぼくね、あまり身体を動かすの得意じゃないんだ。 だから部屋にいることが多いの。

…でもいいの! ぼく、本よむの好きだから。 ちゃんと“家”のみんなとも遊べてるから、だいじょうぶ!!』

 

ミスミが持っていた本のページの一部から見て、どうやらそれは植物や花の事が記された本のようだ。

彼がキングに向けて見開いたページには、青や紫色をした鮮やかな花の絵が説明書きと共に載っていた。

 

 

「(……何で…)」

 

ミスミは本当に、人懐っこい笑顔を向けている。 会ってまだ1日だというのにこれだけの好意を向けている。

警戒心が薄いのかそうでないのか…子どもはそんな事微塵も思っていないだろうが、少し心配になる。

 

「(…前からだが何で皆、俺を警戒しないんだ…?)」

 

ミスミへの心配が、そのまま自身の疑問と不安へと換わる。

 

彼だけじゃない、今迄会ってきた人間の殆どは、自分を警戒しないで好意を、笑顔を向けて来る。

信頼してくれるのは嬉しい…だが同時にキングは少し、それが怖いのだ。

 

「(俺はそんなんじゃ…ないのに……)」

 

あの過去の惨劇は自分の優しさが…甘さが招いたのも同然で、そして、少女との小さな約束すら守れなかった…。

そんな自分を未だに責めていた。 

 

あれ以来、誰かからの優しさも自分に向けられる笑顔もどこか怖くて、素直に受け入れられる事が出来ないでいる。

そして…誰かに優しくあろうとする自分に対しても、どこか悲観的だった。

 

 

「(…情けねぇな……)」

 

キングは心の中で深く溜息を吐いた。 自分自身に対して呆れているかのように。

 

 

 

『――――お兄さん?』

 

「……!」

 

いつの間にか俯けていた顔を上げて、キングはミスミの方を見る。

一瞬だが、ミスミとあの少女が重なって見えてしまい動揺の色を表情に出してしまった。

 

『どうしたの? どこか痛いの?』

 

「えッ…あ…いや…」

 

咄嗟に言葉が出なかった。 心配そうな表情でキングの顔を覗き込むミスミから少し顔を反らしてしまう。

 

 

「(…何で今…あの時の事を……夢で見た所為か?)」

 

昨日の夜、キングは寝ている間に過去の悲劇を夢で見ていた。

いや、夢と言うよりは彼にとっては改めてその記憶が呼び起こされたようなものだ。

 

『本当に大丈夫? 痛かったら言ってね?』

 

ミスミはキングの手を両手でギュッと握る。

力を込めて、必死に元気付けようとするその手は、温かった。

 

「…ああ…ありがとうな……」

 

何とかミスミの方へ向き直り、笑顔でそう返事したものの、キングの内心は暗い色のままだった。

 

「(…俺は……)」

 

気を紛らわす為なのか、キングは自然と窓の向こうの景色へと視線を向ける。

そこには変わらず降る雪(先程よりは降る量は少ないが)と、今は葉を着飾っていない枯れた一本の木が生えていた。

 

「……ん?」

 

キングは何かに気付き、窓へ近づく。窓越しにその木の根本辺りに視線を落とすと、其処には一本の花が雪から小さく顔を出していた。

 

『どうしたの?』

 

「いや…その、木の下辺りに花がな…」

 

ミスミもキングと同じように窓からその視線を追う。

よく見えなかったのか少し開けられていた窓を、寒いにも関わらずミスミは全開にする。

 

『…あ! ほんとだ、お花だ! お花がさいてる! 寒いのにすごい!!』

                                       

窓の枠を両手で掴み、笑顔で跳ねてはしゃぐミスミ。

乗り出したその体勢は、窓からそのまま飛び出しそうな勢いだが…。

 

『うわっと!?』

 

「お、おい!?」

 

案の定、というべきなのだろうか。ミスミは乗り出した体勢で数十センチ先へと前転するように積もった雪の上にドサリと落ちた。

慌ててキングも窓から外へ跳躍し、転げ落ちて少し埋もれているミスミを急いで起こした。

 

「大丈夫か?」

 

キングはミスミの頭や体に着いた雪を優しく払っていく。

 

『うん! ありがとうお兄さん! ちょっとビックリしちゃったけどね!』

 

頭や肩に雪を被りながらも、ミスミはキングに笑顔を向けた。

 

「…ったく、気をつけろよな」

 

元気な笑顔を向けられ、キングもつられるようにして顔を綻ばせる。

今まで悩んでいた事が馬鹿らしく思われて、吹き飛ぶくらいだ。

 

ミスミは足や膝に残った雪をパンパンと音を立てて払うと、そのまま花が咲いている木の下へと駆け寄っていく。

小さな花なのか、ミスミは身体を屈めてその花へと視線を落とし、じっと見つめ始める。

 

「どんな花だ?」

 

『うーんとねー』

 

後からゆっくりと、キングもミスミの足跡を辿って歩き、彼の隣へ立つ。

ミスミはしばらく雪の中の花を見つめた後、そっと両手でその花の周りの雪を掬っていく。

 

『わあ…!』

 

優しく雪を掬った中にあったのは、美しい紫色の花だった。

雪を割ったように出て来ていたその花に、思わず息を呑んだ。

 

「…へぇ、小さいけど綺麗だな」

 

『ね! 寒いのにがんばってるんだね、このお花!』

 

ミスミが楽しそうに笑いながらその花を軽く指で突く。

 

確かに、このように寒い時期に、しかも雪の下でこうして咲いているのは見た事が無い。

花は基本、温かい季節・場所でしか咲かないものが多い。 少なくともキングが見て来たものはそのような花が殆どだった。

 

「(変わってるな…だけど)」

 

目の前に咲いている花は、小さくも美しい色を覗かせている。

寒い中でも健気に頑張って咲いている、そういった印象だった。

 

「…お前に似てるな」

 

そう言葉が零れた。 どことなく、この花はミスミを思わせると感じたのだ。

 

『んー? お兄さん何か言った?』

 

キングの声に反応したのか、ミスミが体勢そのままにキングの方へと顔を上げて振り返る。

 

「いや、何でもないぜ」

 

『…? そう? ねえ、お兄さん』

 

「…ん?どうした?」

 

ミスミは花へと視線を戻しながら、キングへと話し掛けてきた。

その声色は、先程までの明るいものとは違って、どこか真剣味を帯びていた。

 

『…あのね、僕、今度ね、“家”を出なきゃいけないんだ』

 

「え……?」

 

突然の事に、キングは目を見開く。 

 

『んとね、何だか僕を“家族”にしてくれるひとが来たんだって。それでね…』

 

ミスミの話によると、レンギョウ市長から彼を引き取りたいと申し出た大人が此処に来たらしい。

そしてその引き取る期日は明日か明後日なのだと、告げられたのだ。

 

「…それはまた、急な話だな…」

 

『うん、ほんとにびっくりしちゃったよ。 僕が気づいた時はもう“家”にいたから、“親”ってなんなのかわからなくて』

 

「…“親”……」

 

キング達自身で“親”と呼べる存在は、自らを生み出した“マザー”ただ一人。

人間のように父と母から人の形を成して生まれた存在ではない。 言うなれば“マザー”が母であり父である…彼等にはそんな存在なのだ。

 

人にとって、特に子どもにとっては親のような大人が居る事はとても大事だ。

勿論、実親が居ればそれに越した事は無いのだろうがミスミには……。

 

『でもね、この町の外に出るの、ちょっと楽しみでもあるんだ。

でね、もうすぐ来てくれるって言うから昨日ね、ちょっと外に買いに行ってたの』

 

ちょっと待ってね、とミスミは立ち上がり、開けた窓を登り部屋へ戻る。

そしてしばらくして再びキングの居る外へと何かを両手に抱えて戻って来た。

 

「それは…」

 

ミスミの両手にあったのは昨日、キングとぶつかって落とした、何かが入った白い袋だった。

その袋は一度開けた跡がある。 ミスミが買った物をもう一度確認した跡だろう。

 

『その人に何かあげられないかなって思ってね、町のお店で買ってきたの!』

 

そう言ってミスミは袋からガサガサと袋の中に手を入れて、それを取り出した。

 

「…オルゴール?」

 

ミスミの両手に置かれていたのは、小さな青いオルゴール。

そのオルゴールは雪の下の花の色に似て鮮やかで、中でも蓋の装飾と閉められた飾りの錠前に、青い石が菱形に象られて飾られていた。

 

『うん、買ったお店の人のお話だとね、この青い石ってこの町でとれる宝石なんだって。

きれいだなーって思って買ったの。 僕の持ってるお金だけじゃ足りなかったんだけど…お店の人がおまけしてくれたの』

 

確かに小さいとはいえ、子どもが買えるような物でない事は、そのあしらわれた装飾の細かさが物語っている。

 

『よろこんでくれるかなあ…』

 

そう、ミスミは困ったような笑顔で言った。呟いただけなのか、キングに尋ねる為に零した言葉かは分からない。

同意を求める、不安そうなその声に、キングはミスミの頭をそっと撫でた。

 

「…大丈夫だよ、ミスミなら」

 

ふ、と顔を綻ばせながら優しく言った。

ミスミは嫌がる素振りを見せず、キングの優しいその手に撫でられていた。

 

しばらくしてミスミがゆっくり顔を上げて、互いに目が合う。

向けられたその顔に、互いに笑う。 

 

『えへへ…。 ありがとう、キングのお兄さん。 …あたたかいね』

 

「えッ…?」

 

あたたかい? 何が…?と思ったが、少し考えれば分かる事だった。

だがそれは、キングには、彼等メダロットにはある筈のないもの――体温――だった。

 

「(そんな、こと――――)」

 

ある訳が無かった。だが、ミスミはそう言った。 

自分には無い、その温度を、あると言ったのだ。

 

「…ミスミの方が余程温かいと思うぞ?」

 

困惑した笑みを浮かべながら、キングは言った。

言われたミスミは変わらず笑みを浮かべながら、言葉を続けた。

 

『ううん、そういうことじゃない。聞いたことがあるんだ。 

手がつめたい人は、やさしくて、心があったかい人なんだって。 お兄さんは、そうなんだろうなーって思って言ったの!』

 

「……!」

 

向けられる純粋な笑顔。 撒かれた包帯の下の、欠けた右眼の事など気にしない、気にならない程に、それは輝いている。

 

「…俺が、か……」

 

そう言われる事に対し、後ろめたさよりも何よりも、嬉しさと気恥ずかしさが先に来た。

優しいヒトだと言われ慣れていた筈なのに、それに対して悲観的な感情があったはずなのに。

 

「(これが、“温かい”って事なんだろうな……)」

 

目を閉じ、回想する。 浮かぶのは、かつての自国の人間達の顔。

その顔は、いつも明るかった。 子ども達は殊更明るかった。

 

あの時はよく分からなかった感情の名が、感覚が、少し分かった気がした。

 

「…ありがとうな……」

 

くしゃり、と少しミスミの髪を乱しながら、キングは優しく撫でた。

 

『えへへ…!』

 

それにも嬉しそうに言葉を漏らすミスミ。

 

 

―――ふと、過ぎった。

ミスミのこの欠けた右眼の事を知ったら、引き取る相手がすぐに返してしまうという懸念が。

知った上で引き取る事になったかもしれないが…“これ”が原因でまたミスミが此処に戻ってしまってきたら……。

 

折角の、信頼できそうな存在なのに――――――。

 

「……」

 

『? どうしたの、お兄さん』

 

「…ミスミ、少し目を瞑ってろ」

 

『…? うん、分かった!』

 

ミスミは少し首を傾げたが、素直にキングの言う事を聞いてぎゅっと目を瞑る。

 

「………」

 

本来ならば許される事ではない。 人の道を、理(ことわり)を破る事だから。それでもこの“眼”を。

 

「(人で無い俺に出来るのは、“治す”事だけだ)」

 

軽く周囲を確認する。此処はミスミの部屋の隣にある空間。 あるのは枯れた木と、その根元付近の小さな花。

地面には雪、“家”の周囲には高い壁。壁を隔てて隣に大きな別荘の建物が少し見えるが、上から見られているという事もないだろう。

 

ミスミの顔を両手で優しく覆う。 ミスミの体温が伝わり、温かい。

キングの左手が、包帯の覆われた右眼の真上に影を付けて覆い被さる。

 

「…勝手な事して、ごめんな」

 

そう呟いた。 

キングの掌から、淡い光が放たれる。――――あの時、目覚めて初めて力を使った時の光だ。

 

ファーストエイドは、完全に治す能力ではない。

元よりあったものが完全にゼロになった時に、1へと戻す、仮のモノだ。 回復や復活ともまた違う。

 

この力を使った事で、人間との交流や、先程名を知ったあの感覚と感情を貰えた。

そして、あの惨劇を引き起こしたのが最初に救った人間の仕業だという、人の裏切りと狂気を知った。

 

あの惨劇以降、この能力を使う事はしなかった。 

もう、あんな事が起こるのは、自分の所為で何かを失うのは嫌だったからだ。

 

「(それでも―――――)」

 

この子の為に、“あたたかい”という感情を教えてくれたミスミに何かできないかと、思ったのだ。

 

光が消えていく。眼の“基”が戻ったのだ。 キングはミスミの顔からそっと手を離す。

その反動なのか、ミスミの右眼を覆っていた包帯がゆるゆると解け、積もる雪へと音も無く落ちていく。

 

『まぶしい…。ねえ、お兄さん何したの?』

 

ミスミは光の眩しさを目を閉じていても感じたのか、ゆっくりと目を開いていく

 

「……!?」

 

開かれた目を見て、キングは驚きの色を浮かべる。

ミスミの眼は青色だ。 だがそれは見えていた“左”の眼の色。

 

――――だが治した彼の”右“の眼の色は、紫色だった。

先程見た花の色と、同じだ。

 

「目の色が違う…?」

 

エースのようにメダチェンジ後に左眼の色が紅くなるのとは違う。

人間は生まれた時点で目の色は決まっている。大抵は同じ色で揃っているものだ。

 

だがミスミは、両目で異なる色をしている。見間違いではない。 彼はオッドアイだった。

パチパチと瞬きするその大きな両目は、異なる色をそれぞれ輝かせている。

 

『……? あれ、何か右の目が……。 あれー…?』

 

「あ、おい…!」

 

無い筈の右眼の違和感に、ミスミが触ろうとするのをキングは慌てて止める。

雪に落ちた包帯を素早く拾い、着いた雪を払う。 まだ微かにミスミの体温が残っている。

 

「…包帯が緩んでいたから直そうと思ったんだが落としちまってな、悪いけどもう少しじっとしててくれ」

 

『? うん、ありがとう!』

 

ミスミはキングの言った事を素直に聞き入れ、こちらに顔を上げたまま両手を揃えて真っ直ぐ立つ。

治した右眼も一緒に、ギュッと目を瞑りながら。 目を瞑っていても、キングを信頼しているという事が伝わってきた。

 

「…」

 

治した達成感などあまりなく、寧ろ罪悪感に似た何かが感情として湧いて出た。

 

本当に治して良かったのか? 望んでいないだろうこの子の眼を。

もしも、治したことによって何か良からぬ事が起きてしまったら…と思わずにはいられなかった。

 

「(…いや、やめよう…こんな事考えるのは……)」

 

あの日からどうしても悪い方へと考えがちになってしまっている…。

そんな自分の悲観的な考えを払拭するように首を緩く降るキング。

 

「…ほら、巻き直したぞ」

 

治す前と同じように、ミスミの右眼を隠すように包帯を巻き直した。

 

『ありがとう、お兄さん!』

 

そろそろ戻ろう、とミスミがキングの手を掴む。

窓からではなく、“家”の出入り口から入って今度はちゃんと案内したい、とミスミは変わらぬ笑顔で言った。

 

そして先程部屋へと案内された時のように、腕を引っ張る。

来た時と同じように、抵抗もせずにそのまま引っ張られ、二人でその場を駆けていった。

 

「…此処出たら、それ持ってちゃんと礼を言うんだぞ?」

 

『! …うん! あ、そうだ!お兄さん――――――――』

 

ミスミの腕の中に収まる小さなオルゴールの蓋の淵が、細やかに光った。

 

 

 

小さな約束と共に―――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ミスミと別れ、仲間の宿へと戻ったキング。

戻って来た時、エースに「朝になったら話がある」と言ってきた。

 

キングはその時は気に留めなかったが、彼女の真剣な面持ちに少し面を食らいつつも、その日はそのまま就寝した。

 

 

 

朝になり、そこでエースから聞かされたのは、この街の“裏”だった。

 

 

「この街は移民で構成されてるんだ。 勿論、純粋に此処で生まれ育った人もいる。

そしてそういう人達は移民の人間と同じように“外”に出て行く。必ずと言っていい程。でもね」

 

一瞬、間を置いてエースは再び語り始める。その声は今先程の声とは違い、低かった。

 

「“外”へ出た人間達が此処へ戻って来る事は無いんだ。それも殆どが、ね」

 

「…別の国や街に移住したから…じゃないのか?」

 

「それが普通なんだけどね、それでも少なくとも家族に手紙の一つ位は寄越すでしょ。

だけどそれが一切ない。 戻って来ていない人達の身内に話を聞けば、全員が口を揃えてそう話したよ」

 

エースは言いながら数枚の紙を取り出し、キングへと手渡した。

 

「少し調べたらボロボロ出て来たよ、この街の裏が。 

―――――出て行った人全員がある人間に売られて、不要な所はバラバラにされて袋詰めされて…死んでるんだ」

 

「……!?」

 

信じられない、と言いかけたキングだが、手渡された資料の内容や、あの市長の話の態度を思い返す。

何かを隠していそうな彼のあの表情と態度は、それが関係しているのではないかという考えが過ぎり、閉口する。

 

「…市長さんとやらの話、変だと思わなかった?」

 

「…! やっぱりあの時、お前等居たのか…?」

 

「最初は先回りして君を驚かそうと思ってたんだけど、話を聞いてたら少し気になってね。ジャッカルと一緒に調べたのさ」

 

今もちょっとある事を調べてもらいに行っている、とジャッカルが此処へ戻っていない理由を軽く説明する。

 

 

「…売られている人間はね、大人だけじゃない、それどころか子どもが多いんだ。…脅されたとされる職員の子ども達も含めて、ね」

 

「…!? ちょっと待て、それって…どういう……」

 

 

嫌な予感が過ぎる。その話が本当だとするのならそれは……。

 

「……脅された、と言うのは嘘。 全ては流されてたって事だよ。 …誰が、って言わなくても分かると思うけど」

 

「………」

 

思い返していた、市長の話を。二人が調べた話と内容を。 そして……

 

「(確か、ミスミは)」

 

 

引き取り手が現れたから、近々“外”へと行く、と言っていた事を―――――――……。

 

 

「………ッ!!」

 

 

嫌な予感が止まらない。思考回路が吐き出す結果が、嫌なものしか出てこない。

 

「…キング」

 

エースが何か言おうとしたその時、宿の部屋の扉が音を立てて開いた。

 

「ただいま、エース。 やっぱり君が思った通りあの空き家―――――――」

 

 

「ッ――――――…!」

 

「うわッ!?」

 

ジャッカルが戻ってくると同時に、開け放された部屋の扉からキングは飛び出していった。

 

「えっ…キング……?」

 

「……」

 

部屋を勢いよく出て行ったキングを、エースは止めようとしなかった。

 

「…優しいのは君の良い所だけど…ね……」

 

 

エースは優しげで少し悲しげな色を瞳に滲ませる。

振り払うように、一瞬目を閉じ、呆然としているジャッカルに声をかける。

 

「…後から追いかけようか。 ジャッカル、さっきの続きお願い」

 

「え、ああ…うん、えっとね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る、走らなければ、早く、この嫌な予感を止める為に。

 

 

「(どこに行けばいい…? もう“家”には居ないかもしれない…)」

 

なら、行くべきは―――――――――――。

 

 

 

 

 

 

「…此処、なのか……?」

 

キングが走り向かったのは、役所―“家”―から少し離れた、今は空き家と言われていた別荘である建物。

その別荘の閉められた門に手を触れる。すると門はあっさりと開いた。無人ではなく、人の手が入っていた。

 

 

 

「………」

 

建物の中へと入る。 日が出ているというのに暗い。 照明器具も何もかも取り払われ、其処にはただ暗い空間が広がっていた。

 

念の為、気配を探る。今のところは、敵意を持った気配は無い。しかし―――――――。

 

 

「……!」

 

進んでいくにつれて、一つの気配がした。敵意の無い、あの慣れ親しんだ人間の気配が、した。

 

 

足を速めて進むと、一つの大きな古い扉があった。 

焦っているのか、キングはそれを思い切り蹴破った。 蹴破られた扉の骸が、扉の向こうの部屋へと散り散りになる。

 

 

「……! ミスミ……!」

 

 

そしてその部屋の奥に、一人の子どもが、壁にもたれ掛かるようにそこに居た。ミスミだ。

 

「おい大丈夫か……!? なッ…!?」

 

深く息を吐いた後、キングはミスミに静かに近寄ろうとした。

だが、ミスミの顔を見て、キングは一瞬、躊躇いその足を止める。

 

「何で……!?」

 

 

彼の顔から血が垂れている。だがそれは頭からは無く、眼―――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスミの顔からは、両の眼が奪われていた――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終話に続く…。

 

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